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川田喜久治 スペシャルインタビュー公開!

東京都写真美術館総合開館30周年を記念する展覧会「作家の現在 これまでとこれから」では、当館の収蔵品をベースに近作を加え、作家の過去と現在のつながりにフォーカスを当てます。川田喜久治さんは出品作家5人の中でもっとも長いキャリアをもつ作家。初期の代表作〈地図〉からInstagramで発表している近作まで、作家としてどのような意識で作品づくりに取り組んできたかをうかがいました。
2025.12 東京都写真美術館ニュース「eyes」123号掲載
インタビュー:タカザワケンジ

川田喜久治 撮影:田上浩一
川田喜久治 撮影:田上浩一

──今年は「ゴジラ生誕70周年記念 ゴジラ・THE・アート展」(森アーツセンターギャラリー)に作品を出品され、フランスのアルル国際写真祭で大規模な個展「Endless Map – Invisible」を開催されています。そして本展では、これまでの作品から選ばれた代表的な作品と近作が展示されます。今回の作品のセレクトはいかがですか。
旧作については東京都写真美術館が収蔵しているものから選んでもらったんですが、面白いセレクトだと思いましたね。特に〈聖なる世界〉。これまでも過去の作品を振り返る展覧会は何度かしてきたんですが、〈聖なる世界〉はあまり選ばれてこなかったんです。僕にとっては大事なセクションなので嬉しいですね。

──川田さんの初期の代表作〈地図〉の次につくられたシリーズですね。〈地図〉は太平洋戦争の記憶にアプローチした名作でした。
〈地図〉から〈聖なる世界〉まで6年かかりました。〈地図〉が評価されたので、次の作品をつくるのがしんどくなってしまったんです。当時は若かったのでいろんなことを考えて、〈聖なる世界〉には「Sacré Atavism」という副題をつけました。Sacré はフランス語の「聖なる」、Atavismは英語で「隔世遺伝」という生物学用語です。綿々と続いてきたというよりひょっこり出てきてしまった。そこにバロックの精神が現れていると思ったんです。

川田喜久治 撮影:田上浩一
川田喜久治 撮影:田上浩一

──〈地図〉が太平洋戦争の戦争遺構を題材にしていただけに、川田さんを社会派と見る向きがあったと思いますが、〈聖なる世界〉は現実と虚構を行き来するような不思議な世界観ですね。
僕は社会派じゃないんですよ。そういう折り紙をつけられて久しいんですけど。若い頃に土門拳さんや木村伊兵衛さんのリアリズム写真に触れてきたのでその影響はあると思いますし、時代とパラレルに進んできたという意識はありますけどね。

川田喜久治《地獄の入り口》〈聖なる世界〉より 1966年 ゼラチン・シルバー・プリント 東京都写真美術館蔵
川田喜久治《地獄の入り口》〈聖なる世界〉より 1966年 ゼラチン・シルバー・プリント 東京都写真美術館蔵

──たしかに〈聖なる世界〉から〈地図〉へとさかのぼって見ると印象がまるで変わります。戦争という事象ではなく、それを繰り返してきた人間の精神のあり方について考えたくなります。
そんなに大げさなものでもなくて、〈聖なる世界〉の始まりは西方世界への憧れだったんですよ。特にバロック期の。古典主義に対して、装飾過多で悪趣味でさえあるバロックには、精神的に高揚した人間がどんなことをやってきたかが如実に表れているんです。それがイタリア・ボマルツォの怪物公園だったり、ルードヴィヒII世の城だったりするわけです。でも、いろいろ撮っていく中で、やっぱり東洋のものもあったほうがいいだろうと思うようになった。それで香港と、当時はまだシンガポールにもあったタイガーバームガーデンを撮りに行きました。三島由紀夫の『美の襲撃』という評論集に、タイガーバームガーデンがいかに悪趣味かが書いてあって、これだと思ったんです。

川田喜久治《花火とノイシュヴァンシュタイン城》〈ルートヴィヒⅡ世の城〉より 1969年 ゼラチン・シルバー・プリント 東京都写真美術館蔵
川田喜久治《花火とノイシュヴァンシュタイン城》〈ルートヴィヒⅡ世の城〉より 1969年 ゼラチン・シルバー・プリント 東京都写真美術館蔵

川田喜久治
川田喜久治《基板迷路》〈ロス・カプリチョス〉より 1979年 ゼラチン・シルバー・プリント 東京都写真美術館蔵

──タイガーバームガーデンにバロックを見出したわけですね。〈聖なる世界〉はバロック的な建築やオブジェのほかに街のスナップと蝋人形の写真が混在するなど鑑賞者を幻惑する作品になっています。一日中スマホやタブレットの映像に触れていて、これが現実なのかイメージなのかも区別がつかないような世界に生きているという意味で、〈聖なる世界〉は非常に現代的だと思います。〈聖なる世界〉の後につくられた〈ロス・カプリチョス〉についてはどうでしょう?タイトルはスペインの画家、ゴヤの同名版画作品からですね。
堀田善衛が「朝日ジャーナル」に『ゴヤ』の評伝を連載していて(1973~76)、のちに全四巻の単行本になるんですけど、それを読んで思いついたんです。僕はゴヤの絵はあまり好きじゃないんですけど、エッチング(版画)はどれもいいと思うんですよ。〈ロス・カプリチョス〉にしても〈戦争の惨禍〉にしても。〈闘牛技〉〈妄〉もありましたね。四つの版画シリーズの中でも〈ロス・カプリチョス〉──気まぐれって意味ですが──そのシリーズが、一番見ていて感動するんです。

川田喜久治 撮影:田上浩一
川田喜久治 撮影:田上浩一

──怪物と人間が出てきて、それが当時の社会批評にもなっている作品ですよね。
写真の世界によく似ているんです。社会で起きている実際的な問題を拾い上げ、なおかつそれをゴヤ流のものへ変化させている。ゴヤが現実を違うものに異化したようなことが、写真もできるんじゃないかなと思いました。

──今回展示される作品には〈ラスト・コスモロジー〉も入っています。ほかの作品とはすこし雰囲気が違い、天体がモチーフですね。
昭和天皇が亡くなったことがきっかけでした。僕たちの時代の、戦争の時代の象徴がなくなった。「今だ、このタイミングで天を撮っておかなければ」と思いました。それまで自分がやってきたのは地のことばかりで、天を見ていなかったという反省もありました。とにかく目の前にあるものを写そうとしてきましたから、ここで一度被写体に対して意識的になろうと思ったんです。

川田喜久治 《昭和最後の太陽、昭和64年1月7日》
川田喜久治 《昭和最後の太陽、昭和64年1月7日》〈ラスト・コスモロジー〉より 1989年 ゼラチン・シルバー・プリント 東京都写真美術館蔵

──目の前にあるものを写すという姿勢は、今に至るまで川田さんの写真に共通するものでもあると思います。しかもその写真を合成したり、色を変えることで、新たなイメージをつくりだしています。
僕にとっての作品づくりはシュルレアリスムのオートマティズム(自動記述)に近いのかなと思いますね。 撮る時も、撮った写真を選んで構成する時にも、そんなにたくさんいろんなことを考えてできるものではなく、自分の中にある感覚の総体でしかない。その時に感動していなかったから撮っていないし、作品をつくっていないはずですから。 今現在つくっている作品では、二枚か三枚の写真を合成することが多いですけど、混ぜる時にも意識的にはしていないつもりです。なるべく無意識にやるからこそ、うまくいった時の驚きや感動がある。そうじゃないと面白くないですよね。

展示風景
展示風景:「総合開館30周年記念 作家の現在 これまでとこれから」東京都写真美術館、2025年 撮影:新井孝明

──川田さんがInstagramで発表されている作品や、写真集『Vortex』を見ていると、見慣れた光景とそっくりだけれど、その裏側を見ているようなザワザワした気持ちになります。毎日のように更新されていることにも驚かされます。
つくり続けるしかないんですよ。つくらない、撮らないっていうのは、結局終わりなんです。今も撮っていますし、コンピューターのおかげで以前に撮ったものも全部新しくつくり直すことができるので、材料はたくさんあります。ただ、1点をつくるのにやっぱり3時間くらいかかりますけどね。 Instagramは実験ができるところがいいですね。ただ、まとめるということがなかなかできなくなりました。

──1点1点の作品をつくることのほうを優先、という感じですか?
まとめる方向性がわからなくなってきたっていうのかな。自分でもわからない表現になってきたのかもしれません。あるでしょう、「わからない表現をする表現」って。それが僕の「作家の現在」かもしれないですね。

川田喜久治 撮影:田上浩一
川田喜久治 Kawada Kikuji(1933-)
茨城県生まれ。1959年、写真家によるセルフ・エージェンシー「VIVO」を共同設立。1965年、戦争の傷跡や記憶をたどる『地図』(美術出版社)を発表。「ニュー・ジャパニーズ・フォトグラフィー」展(ニューヨーク近代美術館、1974年)や「川田喜久治展 世界劇場」(東京都写真美術館、2003年)、「アルル国際写真祭」(2025年)をはじめ、国内外で多数の展覧会に参加。2004年、芸術選奨文部科学大臣賞受賞。


総合開館30周年記念 作家の現在 これまでとこれから
2025年10月15日(水)~2026年1月25日(日)
東京都写真美術館 2階展示室
出品作家:石内都、志賀理江子、金村修、藤岡亜弥、川田喜久治
https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-5200.html