本日は開館しております(10:00-18:00)

対談

TOPICS
結婚ボールを転がすアフリカタマシコガネムシのペア 1986年
キサントパンスズメガと彗星ラン 1990年




館長 : 私も子どもの頃から雑草や虫が好きでね。自宅が、港区と目黒区の境にあって、当時は宮内庁だったんですよ。木の塀も戦争中にみんな燃やされたから、地続きだったんですね。だから御料地からくる小さな虫たちをいっぱい観察できました。カマキリやクワガタ、夜にはマツモムシも飛んできました。
今森 : 環境が豊かな時代でしたよね。昔は空き地など無駄な空間がたくさんあったけれど、いまは水路を封鎖して橋を作ったり、駐車場にしたり、遊びの空間が無くなってしまいました。
館長 : 現在は滋賀にお住まいで、今回ご紹介する日本の昆虫記のほうは、ほとんどご自宅付近で撮影されているそうですね。しかし、写真集などを拝見していても、よくぞ身のまわりの環境でこれだけたくさんの虫たちを見つけられるなあと感心してしまうのですが。
今 森 : 散策する視線というのがあるんです。特にチョウに関しては10年ぐらい蝶屋(蝶を専門に蒐集、撮影すること)をやっていましたから、100メートル離れて 飛んでいても種類がわかります。でも、館長のように植物、特にランの専門家も相当、すごいと思いますよ。幼生期とか成熟期など、葉っぱの形も違ってくるので判別が難しい。



威嚇するマノハナカマキリ 1990年 右)構えの姿勢をとるハラビロカマキリ 2006年

館長 : 雑草などは手にとってみても、図鑑とは鋸歯*1があきらかに違いますね。
今森 : 昆虫の写真を撮っていても、それに写っている植物のことを知りたいときなど苦労するんです。一緒に採取しておけばよかったなんて後悔することもありますよ。
館長 : そうでしょうね。ところで、今森さんは若い頃、どんな写真家に憧れていらっしゃったんですか?
今 森 : 佐々木崑さんです。高校生のときに佐々木さんの『アサヒカメラ』に連載されていた『小さい生命』を見てびっくりしたんです。巣に引っかかった餌を糸で巻いているクモの写真など、普段、自分が肉眼で見ているものが写真として記録されていて。そんなものは日常のなかで見ているけれど、口では人に伝えられないと思っていたので衝撃的でした。それが最初の自然写真との出合いでしたね。
館長 : 世界昆虫記の舞台となった海外とご自身のフィールドでもある里山では、環境など違うと思いますが、意識の持ち方や撮影の方法などに違いはありますか?
今 森 : 自然に関する写真ではなく、ジャンルの違うドキュメンタリーやファッションをよく見るんです。アイディアというのはそこから生まれることも多い。少なくとも昆虫写真からではない。それは方法論としてすでに自分のなかに培ってきたものがあるので、アプローチの方法も理解できるんです。けれども、ファッションやドキュメンタリーなどにはぼくにとっては未知の部分があるので、そこに触発されてイメージを湧かせているんですよ。
館長 : なるほど。しかし、撮影のためのフィールドノートがたくさんおありですね。そういったデータもあらかじめ集めておくわけですか。


ヒガンバナにとまるオンブバッタ 2005年
ヨツコブツノゼミの顔 1992年


今森 : そうですね。1枚の写真を撮るにも、知識や情報が必要です。例えばキサントパンスズメガ*2も、ガがどこにくるかを予測しなければ絶対に撮れませんでした。
館長 : あの写真は非常に貴重な瞬間をとらえていますが、どうやって撮られたんですか?
今 森 : 実はこの写真は、野外ではないんです。大きなゲージを用意して夜、そこに来るのを待って撮影しました。それも飛んでいるところをキャッチするのは不可能に近いので、前もってどこからくるか予測をたて、フレームをセッティングしておいたんです。カメラに特殊なセンサーを装着しておき、キサントパンスズメガが止まった瞬間にシャッターがおりるようにして撮りました。
館長 : どれぐらい待っていたんですか?
今森 : 滞在期間は3ヵ月で、そのうち3週間をキサントパンスズメガの撮影に費やしました。それでも成功したのは、たった1枚だけです。アングラエクム*3は日没後に甘い匂いを放ち、ガを誘引させるんですが、その蜜を吸えるのは長い口吻を持ったキサントパンスズメガしかいないんですよ。
館長 : ほかの種類のガにも挑戦しているんでしょうね。
今 森 : ええ。でも、口吻が短くて無理ですね。かつて、イギリスの博物学者、アルフレット・ウォーレスが長い距(花弁の一部)をもつ蘭がどのように受精するかという点に着目し、1862年にこのガが発見される前から口吻の長い生き物が受粉を助けているはずだと予言しているんですよ。




アミメアリとアリマキ 1987年

館長 : この写真は100年以上の時を経て、ウォーレスの予言を証明したということですね。
今 森 : はい。ウォーレスは捜し求めた昆虫に出合ったとき、興奮して熱を出したというんですね。それほどピュアな人だった。ぼくもそこに共感するところがあって、その場に立ち会えたということに写真家として幸せを感じるんです。人から聞いたことではなく、この目で見ることができたという喜び。だから、さほどカメラや技術にはこだわりがないんです。なによりも被写体のことを知りたい。いずれにしてもネイチャーフォトの歴史はまだ浅いですから、今後もっと成熟していかなければいけないなと思っています。
館長 : 本当に展覧会が楽しみです。貴重なお話を、どうもありがとうございました。

[対談:2007年4月]

*1:葉っぱのふちのギザギザの部分のこと。
*2:キサントパンスズメガ
マダガスカル産のガで、体長80mm、口吻の長さが270mmと世界で最も長い。 発見されたのは、ウォーレスの予言より30年以上後のこと。
*3:アングラエクム・セキスぺダレ
マダガスカル産のランで、30cmもの距の長さを持つ。



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今森 光彦(いまもり・みつひこ)
1954年滋賀県生まれ。写真を独学で学び80年からフリーとして活躍。自然と人との関わりを「里山」という概念で追う一方、世界各国を広く取材。写真集に『今森光彦・昆虫記』、(福音館書店)、など著書多数。



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福原 義春(ふくはら・よしはる)
株式会社資生堂名誉会長。東京都写真美術館長、企業メセナ協議会会長、財団法人かながわ国際交流財団理事長等。著書に『ぼくの複線人生』(岩波書店)、『猫と小石とディアギレフ』(集英社)ほか多数。