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「しなやかな闘い ポーランド女性作家と映像 1970年代から現在へ」展
Ⅱ-2.過去と未来への視点 2010年代以降
作品紹介

ホノラタ・マルティン[1984‐]
《屋上》(ヴィデオ作品 2015)
建物の屋上(少なくとも10階建以上の高さであることは、映像をみれば一目瞭然)で縁に立ち、外側に重心をあずけて身を乗り出している女性は、作家のホノラタ・マルティン(1984-)本人です。彼女の身を支えるのは、髪の毛をつかむ友人の手だけ。短い映像であるものの、シチュエーションに対する詳細な説明などなくとも、一歩でも足をふみ出したり、支える友人の手元が少しでも狂うことがあれば、すぐさま落下してしまうであろうことは、一目でわかるでしょう。
マルティンは、危険をかえりみない身を張ったパフォーマンスによる作品づくりで知られるポーランドの現代作家です。この映像で示唆されているのは、もしかしたらポーランドという国や人々のおかれている不安定な状況なのかもしれません。現在は民主主義国であるものの、自由競争による格差の拡がりや保守的な価値観への揺り戻しなどといった不安定な状況を、身をもって表しているのではないでしょうか。
https://culture.pl/en/artist/honorata-martin

ボグナ・ブルスカ[1974‐]
《グルンヴァルドの戦い》(ヴィデオ作品 2011)
このヴィデオ作品は、すでに存在する映像を素材に使って新たな作品を制作するファウンド・フッテージという手法によって作られています。作品名になっている「グルンヴァルドの戦い」(日本では「タンネンベルクの戦い」の名で知られる)は、中世のポーランド王国がリトアニア大公国と連合軍を組み、無敵を誇ったドイツ騎士団との戦闘に勝利したという史実です。これまで何度も映画等のコンテンツとなり、またその戦いを再現する祭りが実際の戦場跡で毎年開催されるなど、ポーランド人にとって非常にポピュラーな物語のモチーフともなってきました。
ボグナ・ブルスカは、このグルンヴァルドの戦いを主題にして制作された実写映画やアニメ、CGゲーム等々から映像を引用して素材にし、編集技術を駆使して1つの作品に編み上げました。この作品によりブルスカは、歴史的出来事が愛国心を醸成する物語としてステレオタイプ化され、映像プロパガンダとしての役割を担わされていく様を浮き彫りにしているのです。

アンナ・モルスカ[1983‐]
《ヘカトゥーム》(ヴィデオ作品 2011)
タイトルに使われている「ヘカトゥーム」という単語は、古代ギリシャの儀式に捧げられた生贄・雄牛100頭を指しますが、そこから転じて「大虐殺」や「犠牲」の意味で使われるようになりました。
この映像作品では、舞台となる古い温室に奇妙な革製の装具を身につけた一人の男性が登場します。この主役を演じる俳優は、事前に簡単な説明を受けているものの、具体的なストーリーやセリフは与えられておらず、ここで何が起こるかも知らされていません。ただ状況の変化に応じて、即興的にリアクションしながら、空間とたわむれています。
アンナ・モルスカ(1983-)は、自身が見た夢や、子供の頃に抱いていた恐怖心からインスピレーションを得て本作を制作したといいます。フィクションとドキュメンタリーの両方の要素を併せ持つこの作品で、言葉にできないなにかを映像という言語でとらえ、伝えることを試みているのです。

カロル・ラヂシェフスキ[1980‐]
《アメリカは準備ができていない》(ヴィデオ作品 2012)
本展の出品作家でもあるナタリア・LLは、1970年代からポーランド国外でも活躍した数少ない女性作家の一人です。まだポーランドが社会主義体制下にあった時代に、西側でフェミニズム・アートの中核を担った作家たちと交流し、また女性のセクシャルな欲望を露わにするような作品を発表して物議を醸してきました。
本作《アメリカは準備ができていない》は、ナタリア・LLが70年代後半にニューヨークで活動した記録をたどるドキュメンタリー作品です。制作者のカロル・ラヂシェフスキ(1980-)は、ナタリア・LL本人や、当時に交流した作家仲間および美術関係者たちを訪ね歩き、膨大な量のインタビューを行いました。ヴィト・アコンチやダグラス・クリンプなどの有名作家が数多く含まれる証言者たちの発言は、ポーランド側でナタリア・LLについて語り継がれてきた“伝説”と、ニューヨーク側で認識されていた現実とのギャップを突きつけるものでしたが、ラヂシェフスキはたくみな編集によって、東西両陣営のフェミニズム・アートがたどってきたそれぞれの歴史についてひもとくことに成功しています。

カロル・ラヂシェフスキ Karol Radziszewski 《アメリカは準備ができていない》 2012年 America Is No t Ready for This, 2012 Courtesy of the artist and BWA Warszawa, Warsaw

カロリナ・ブレグワ[1979‐]
《嗚呼、教授!》(ヴィデオ作品 1989)
作品に登場するのは、作家のカロリナ・ブレグワ(1979-)本人です。ピンクのアイマスクで目隠しをした彼女は、映像が続くおよそ6分のあいだ、「教授! 教授! 教授!」と言い続けています。毎回違う声色は、尊敬や賞賛、または憤慨や反抗といったさまざまな表情を帯びています。いったい、誰に向かって呼びかけているのでしょうか?
映像や映画に関心のあるポーランド人であれば、すぐに見当がつくのかもしれません。ブレグワはロマン・ポランスキやアンジェイ・ワイダなど多くの偉大な映画監督を輩出した名門、ウッチ映画大学の卒業生であり、著名な映像作家でもあるユゼフ・ロバコフスキ教授に師事しました。縦横比4:3の画角や、頭部を映しながらカメラに語りかける手法など、《嗚呼、教授!》はさまざま点でロバコフスキ教授による80年代の実験映像を彷彿とさせるのです。彼女はこの作品で、ロバコフスキ教授へオマージュを捧げると同時に、映像界のカリスマである恩師へのさまざまな思いを、本作での発話によって開放し、巣立ちを果たそうとしているのかもしれません。

カロリナ・ブレグワ Karolina Breguła 《嗚呼、教授!》 2018年 Oh Professor!Professor!, 2018 Courtesy of the artist

アグニエシュカ・ポルスカ[1985‐]
《セイレーンに尋ねよ》(ヴィデオ作品 2017)
既存のイメージから素材を活用するファウンド・フッテージの手法を取り入れ、古新聞や昔のアート雑誌、書籍、モノクロ写真等々のイメージを使いながら、空想的なアニメーションや映像作品を制作するアグニエシュカ・ポルスカ(1985-)は、“キモかわいい”作風で知られ、ヨーロッパを中心に高い人気を得てきました。本作《セイレーンに尋ねよ》に登場するセイレーンも、彼女のキャラクターによくみられるような大きな幅広の目を持つ独自の風貌で登場します。
“セイレーン”とは東欧の古い伝説に登場する人魚のこと。首都ワルシャワにも有名な人魚伝説があり、町のシンボルとされています。本作の映像では同じような顔でありながら、鱗のある人魚とおぼしき者と、鱗のない者の二者が会話をしながら、水中の町をさまよいます。この映像でポルスカは、半身半魚という異形の姿をもち、「魚であって魚でなく、人であって人でない」不確かな存在である人魚に、ポーランドという国の特異性、つまり他国からの侵略や分裂を経るごとに自らの文化やあり方を変化させてきた歴史を重ね合わせているようです。

アグニエシュカ・ポルスカ Agnieszka Polska 《セイレーンに尋ねよ》 2017年 Ask the Siren, 2017 Courtesy of the artist and ŻAK | BRANICKA, Berlin

アグニエシュカ・カリノフスカ[1971‐]
《ネズミたち》(ヴィデオ作品 2012)
アグニエシュカ・カリノフスカ(1971-)は、人びととの対話や協働による作品を通じて社会の変革を目指す“ソーシャル・エンゲイジド・アート”を制作してきた現代作家です。彼女がともに作品づくりを行ってきたのは、貧困や家庭環境の問題など多くの困難を抱えながら、発言の声すらも奪われた社会的マイノリティーであり、旧東欧圏の中でも秀でて経済成長を遂げてきたポーランドにありながら、その豊かさを享受できずにいる人々です。
《ネズミたち》は、美術館で行ったワークショップの記録から制作された作品。さまざまな事情により青少年更生保護施設に預けられている少年少女たちが美術館に招かれ、白い壁に囲まれた部屋で48時間を過ごしました。この白い空間や、全員が着用した白い服&マスクは、彼ら・彼女たちの本当の姿を描き出すために用意されたものです。社会からの視線や決めつけから開放されて匿名的な存在となり、ふだん施設で課せられている規律からも開放された少年少女たちの姿は、決して忌避されるネズミのような存在ではないことを示しています。

アグニエシュカ・カリノフスカ Agnieszka Kalinowska 《ネズミたち》 2012年 Mice & Rats, 2012 Courtesy of the artist and Gallery BWA Warszawa, Warsaw

アリツィア・ロガルスカ[1979‐]
《夢見る革命》(ヴィデオ作品 2014-2015)
作品は、アリツィア・ロガルスカ(1979-)が発案し、演出を行った公開パフォーマンスの記録映像から制作されています。劇場に集められたのは、それぞれ何らかの主義主張を実現するために活動している100名の活動家たち。彼らは、プロの催眠術師によって催眠をかけられ、思い描く理想の未来について語るように促されます。学んできた知識や、ふだんは絶えることのない思考が取り払われた無意識の状態で、彼らはどんな世界を語るのでしょうか?
リサーチをもとにパフォーマンスやインスタレーション、映像の作品を制作するロガルスカは、千葉県松戸市でアート・イン・レジデンス行うNPOパラダイス・エアに招聘され、2018年から2019年にかけて同地で制作を行いました。千葉県立美術館で個展「アリシア・ロガルスカ:闇に歌えば」を開催(2018)、また「セレブレーション – ポーランド現代美術展 - 」(京都アートセンター/ザ・ターミナル・キョウト/ロームシアター 2019)に出展するなど、近年日本でも注目を集めている作家です。

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