学芸員コラム
「代償」シリーズより 1997年
「Citizen K International」誌のための撮影より 1999年
----- マーティン・パーの作品を見ていると、とてもアイロニック(皮肉的)なイメージを抱いてしまうのですが、実際にはどんな写真家なのでしょうか?
「もともとはサッチャー政権下における市民の不安や苛立ちをテーマとしたドキュメンタリー写真を撮影していたのですが、80年代のニューカラー(白黒写真が主流だったアートの世界で、カラー写真の表現力を追求した動き)に影響を受け、カラー写真に転向した写真家です。本のコレクターとしても有名で、私が訪ねたロンドンのオフィスも、棚という棚に本がぎっしりと詰められていましたね。最近では自身のコレクションによる写真評論の本を出したほどです」
----- 今回の「FASHION MAGAZINE」は日本ではじめての大規模な個展ということですが、どんな構成になるのでしょう?
「2005年にパリで行われた回顧展では、マーティン・パーのドキュメンタリー時代の写真が一挙に公開されました。その一方で、ブルジョアのデパートとして名高い『ボン・マルシェ』で個展を開催したのですが、それが、この『FASHION MAGAZINE』だったんです。ファッションショーを再現した展示会場の床には一面に本人の顔写真を張り巡らしたカーペットを敷き、ロココ調のソファを置くなど、とても凝った演出を行い、好評を博しました。今回はそんな『FASHION MAGAZINE』の東京版という形になると思います」
----- 作品についてお聞かせください。
「ヴァレンチノやゴルチェなど、いわゆる一流有名デザイナーたちのショーが終わったバックステージで、恒例の“キス&ハグ”をテーマに撮影したものや、ショーに集まるオシャレな関係者たちをちょっとシニカルな視線でとらえたものなどがあります。また、観光地における奇抜なファッションや靴ファッションに滑稽なまで執着するシリーズ、乗馬などイギリスの伝統的な衣装とともに、最新の洋服を着たファッションモデルを対比させたもの、スーパーマーケットに集う主婦たちの写真や、オフィスを彩るOLファッションなど、どれも彼独特の皮肉とユーモアをこめた視線で写した作品が勢ぞろいです」
「研修生」シリーズより 2005年
----- それまで撮っていたドキュメンタリー作品との違いはありますか?
「ファッションマガジンを観るとき、私たちは、ドレスアップしたモデルに自分自身を投影させて楽しみます。いわば夢を売っているわけですが、マーティン・パーは、その裏側にある部分を浮かび上がらせているんです。本来、ニューカラーというのは絵画のように美しく撮るというニュアンスがあるのですが、彼の場合はどちらかというと、美しく撮るというより、人間の本質を暴き出してやろうという撮り方ですよね。ですから、作風は違ってきているものの、作家としての心構えはドキュメンタリー時代と同じだと思うんです」
「リップスティック・メモリーズ」シリーズより 2005年
----- これまでに何回か来日経験があるそうですが、東京での個展について彼自身どうとらえているのでしょう?
「本人は、『東京というファッショナブルな街で、どんな方が観てくれるか楽しみだ』と言っていました。何度か来日した際には、ゴスロリやガングロ系といった若者のファッションなどにも興味を示し、彼の中で東京はユニークなファッションをした人が多い街ととらえられているようですね。今回はキッチュで毒々しいマーティン・パーの世界を新作を含めたカラー写真約100点で構成いたしますので、どうぞご期待ください」
「リップスティック・メモリーズ」シリーズより 2005年
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Martin Parr/マーティン・パー
1952年、ロンドンに生まれる。マンチェスター大学で写真を学び、卒業後英国各地で教鞭をとる。ニューカラーの旗手と評され、そのユニークな写真には社会を見つめる独特のセンスが現れている。1988年よりマグナムに参加、現在は正会員。