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トピックス


左)制作者不詳 ≪陣羽織姿の松前崇廣≫ 慶応2年(1862)年以前 アンブロタイプ 松前町郷土資料館蔵(通期展示)
右)ライムント・フォン・スティルフリートヵ ≪(大沼と駒ヶ岳)≫ 明治初(1868-1877)年 鶏卵紙 日本大学藝術学部蔵(後期展示)



日本各地の美術館、博物館、資料館等の公共機関が所蔵する幕末~明治期の写真・資料を調査し、体系化する初めての試み「夜明けまえ 知られざる日本写真開拓史」。その第四弾として「北海道・東北編」を開催します。
幕末の開国と時を同じくして、日本にもたらされた写真。初期写真は、時代や文化を証言する貴重な資料であり、幕末~明治の人々の息吹が鮮明に息づいています。本展では、北海道・東北の約2,400の施設へアンケート調査を行い、それに基づき学芸員が現地調査を行いました。
ここでは出品作品の一部をご紹介し、北海道・東北に収蔵されている初期写真や関連資料の魅力に迫ります。


田本研造 ≪(函館のパノラマ)≫ 明治22(1889)年頃 鶏卵紙4枚構成 東京都写真美術館蔵(前期展示)
北海道

北海道では15館の現地調査を行った。全体に地域に密着した資料が多く、特に明治2年から行われた北海道開拓やその後の開墾や建設に関する記録写真を、函館市中央図書館や北海道立図書館、北海道立文書館などが多く所蔵している。下の2点は、開拓使設置以前に制作された貴重な作例である。

左)制作者不詳 ≪陣羽織姿の松前崇廣≫ 慶応2年(1862)年以前 アンブロタイプ 松前町郷土資料館蔵(通期展示)
右)田本研造ヵ ≪徳川幕府脱走兵之士≫ 明治2(1869)年頃 鶏卵紙 函館市中央図書館蔵(前期展示)

右の写真は、明治政府成立後も佐幕派に協力したフランス軍事顧問団と蝦夷共和国副総裁・松平太郎らを函館で撮したもの。前列中央左のジュール・ブリュネは、映画「ラストサムライ」主人公のモデルとなった人物である。

青森

斗南藩記念観光村三沢市先人記念館は、明治5年に開設された開牧社(後の広沢牧場)を基盤としており、広沢任安に関わる写真を多く収蔵している。内田九一、鈴木真一、江崎礼二、丸木利陽といった著名な写真師による肖像写真や、青森県の写真師である「陸奥青森写真師 柴田一奇」の作例も散見される。また、わずか85㎜×54㎜の画面に40名の肖像写真をコラージュした《有名高官》など、明治時代に生きた人の肌触りを感じられる作例も見出された。


制作者不詳 ≪第十五号バルリンヂルニオル号青毛牡馬≫ 明治中期 鶏卵紙 斗南藩記念観光村三沢市先人記念館蔵 (後期展示)
宮城

仙台文学館には、幼少期を仙台で過ごした冒険小説家・押川春浪関係資料として、明治20年代の写真資料が収蔵されている。永井荷風等との集合写真や、有島武郎著『或る女』の早月葉子のモデルとなった佐々城信子の肖像写真(江木松四郎撮影)もあり、文学者の交流が感じられる。白崎民治は、山形県出身の写真師で、酒田港で開業後、明治21年頃に仙台へ移ったと考えられている。下の写真は仙台開業直後の作例と考えられる。

白崎民治 ≪押川春浪≫ 明治21(1888)年頃 鶏卵紙 仙台文学館蔵 (右は裏面)(前期展示)

秋田

秋田県では、小坂鉱山に関わる写真や農業発展に尽力した森川源三郎関係の写真を調査した。小川一真は『小坂鉱山』(合名会社藤田組、明治36年)を制作しており、これに関わる多くの写真が小坂町立総合博物館「郷土館」に収蔵されている。秋田市総務部文書法制課では森川源三郎が九州へ農事奨励のために巡察していた証となる写真が収蔵されている。

岩手

岩手県は盛岡藩士・関政民による第十四代藩主・南部利剛の肖像写真(もりおか歴史文化館)をはじめとして、潤沢な初期写真を有している。藤沢町には同地出身のグァテマラで開業した屋須弘平関係資料、また、斎藤實記念館、後藤新平記念館には明治10~20年代の肖像写真が多く収蔵されている。一関市博物館では佐賀藩医で万延元年の遣米使節だった川崎道民によるアンブロタイプを管理している。下の写真は、フォービズムの先駆者として名高い萬鉄五郎の青年期に水墨画を指導した菊池素香を捉えた写真である。箱書きから、明治9年に岩手県が誕生する直前、盛岡県時代末期の岩手で制作された作例である。


開遊亭 ≪菊池文次郎を囲む三人≫ 明治8(1875)年 アンブロタイプ 萬鉄五郎記念美術館蔵(通期展示)
福島

明治21年に起こった磐梯山の噴火は、多くの写真師、浮世絵師、帰朝画家などによって画面が制作された。下の錦絵や山本芳翠の石版画のほか、岩田善平が制作したコロディオン湿板方式によるネガ原板を調査し、ウィリアム・キンムンド・バルトン、田中美代治らが制作した鶏卵紙の写真も展示する。他方、三春町歴史民俗資料館では乾板を使用した早取写真師として名を馳せた江崎礼二による明治8年のアンブロタイプを調査し、白河集古苑では棚倉藩最後の藩主である阿部政功を被写体とする丸木利陽や東京印刷局の写真を調査した。福島県富岡町教育委員会所蔵である同地開拓風景写真について出品の交渉を行っている。 


小林幾英 ≪岩代国磐梯山噴火之図≫ 明治21(1888)年 多色刷り木版 磐梯山噴火記念館蔵(後期展示)

山形

山形県は東北地方で最初の写真館を開業した菊池新学の出身地である。このため、山形県立図書館、山形県郷土館「文翔館」などには多くの作例が所蔵されている。東北新道開発の記録写真や山形県下の近代建築記録写真は北海道開拓写真と並んで、日本における土木建築記録の先駆的存在である。他方、明治27年に起こった酒田地震(庄内地震)を記録した写真群が本間美術館に収蔵されており、明治期の天災記録写真として重要な作例である。


制作者不詳 ≪飛鳥神社矢大臣門崩壊之真図≫ 明治27(1894)年 鶏卵紙 本間美術館蔵(前期展示)
新潟

新潟県立万代島美術館には、モダニズムの写真家である堺時雄資料として、その父・金井彌一の関係資料が収蔵されている。金井の師である鈴木真一、横山松三郎、江崎礼二ら写真師たちの肖像写真が含まれる点は興味深い。また、着彩された肖像写真が2点含まれており、どちらも油彩によって着彩された写真油絵と考えられる作例であった。他方、長岡市立中央図書館文書史料室には、「堀田タミ像」がある。明治二十年代に制作されたアンブロタイプで制作者は不詳だが、株券の仲買人を営む女性の肖像という点で興味深い。また、三条市立歴史民俗産業資料館のアンブロタイプ「松尾与十郎肖像」は、内側の装丁が真鍮製である。これはアメリカを中心とするブックハウジングであったことを想像させる。


金井彌一 ≪籠手田知事令嬢≫ 明治24-29(1891-1896)年頃 写真油絵 新潟県立近代美術館・万代島美術館蔵(後期展示)

左)ライムント・フォン・スティルフリートヵ ≪(大沼と駒ヶ岳)≫ 明治初(1868-1877)年 鶏卵紙 日本大学藝術学部蔵(後期展示)
右)宮内幸太郎 ≪(明治三陸津波写真)≫『中島待乳写真台帳』より 鶏卵紙 明治29年 一般財団法人 日本カメラ財団/石黒敬章氏蔵(通期展示)

北海道・東北初期写真調査において、記録あるいは伝達の観点から制作された写真が大変多かったことが印象的であった。これらは「報道写真」の双芽ともいうべき作例であろう。被写体は大別すれば「近代化」と「天災」である。前者は北海道開拓や東北新道などであり、後者は磐梯山噴火や庄内地震などであると言える。本展では、後者の部分を掘り下げるべく、特別に「中島待乳写真台帳」より宮内幸太郎撮影の「三陸津波写真」を展示する。特別パネルディスカッションでは、写真を通して浮彫される明治を、記録とその技術の側面から再考し、新たな写真史への視点を創出したいと考えている。